
「サービス・ドミナント・ロジック」で解く
ホスピタリティの崩壊。
価値共創(Co-creation)の欠如が招く
高級市場の危機
日本執事協会では、ホスピタリティを「感情労働」ではなく「価値共創プロセス」として定義しています。
昨今、高級ホテルやレストランでサービスの質が低下していると指摘されますが、その原因を「スタッフの質」だけに求めるのは分析として不十分です。
サービスとは、提供者と受領者の相互作用によって初めて発生するものです。
本記事では、朝礼ライブの内容をサービス・マーケティングの理論的枠組み(Service-Dominant Logic)を用いて分析し、なぜ「一流の客」がいなければ「一流のサービス」は物理的に不可能なのかを解説します。
理論背景:
価値共創(Value Co-creation)の概念
かつての「グッズ・ドミナント・ロジック(モノ中心の論理)」では、価値は生産者が作り出し、消費者がそれを消費するものでした。
しかし、現代の「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」では、価値は「提供者と受益者が共に創り上げるもの」と定義されます。
価値共創(Co-creation)
サービス提供者が提案した価値(Value Proposition)に対し、
顧客が自身の知識・スキル・文脈を用いて応答することで、
初めて真の価値(Value-in-use)が実現する。
高級レストランを例にとりましょう。
シェフが最高級の料理を作る(提案)。
顧客がその意図を理解し、適切なマナーで味わい、賞賛する(応答)。
この双方向のやり取りがあって初めて、「素晴らしいディナー体験」という価値が完成します。
もし顧客がスマホを見ながら無造作に食べたなら、どんなに高級な食材も、ただのカロリー摂取(エサ)に成り下がります。
つまり、高級サービスの価値の半分は、顧客が握っているのです。
崩壊のメカニズム:
文脈(Context)の不一致
現在起きている問題の本質は、インバウンドや新規富裕層の流入により、この「共創」が機能不全に陥っている点にあります。
提供者と顧客の間で共有されるべき「文脈(空間のルール、暗黙の了解)」が断絶しているのです。
スタッフは「高度な接遇スキル」というリソースを提供しようとしています。
しかし、顧客側にそれを受け止める「文化的リテラシー」というリソースが欠如している場合、サービスは空回りします。
キャッチボールにおいて、投げる人(スタッフ)だけがプロでも、受ける人(顧客)がボールを見ていなければ、ゲームは成立しません。
行動分析学において、行動は「強化子(報酬)」によって維持されます。
ホスピタリティ従事者にとって最大の報酬は、金銭(給与)以上に、顧客からの「承認」や「感謝」です。
「ありがとう」「素晴らしいね」というフィードバックが遮断された環境では、スタッフのモチベーション維持(消去抵抗)は限界を迎え、学習性無力感に陥ります。
これが「サービスの機械化(マニュアル対応化)」を招く直接的な原因です。
解決策:
カスタマー・エデュケーションとゲートキーピング
サービス品質を維持するためには、提供者側が主導権を持って環境をコントロールする必要があります。
具体的には以下の2点です。
1. カスタマー・エデュケーション(顧客教育)
顧客に対し、その空間での振る舞い方(役割)を明示することです。
「当店のドレスコードは〇〇です」「携帯電話のご使用はお控えください」といったルールの提示は、顧客を縛るものではなく、顧客に「共創パートナーとしての資格」を与えるためのガイドラインです。
2. ゲートキーピング(顧客選別)
文脈を共有できない顧客を、物理的に入れない仕組みです。
会員制、紹介制、あるいは予約時の厳格なスクリーニング。
「排除」という言葉はネガティブに聞こえますが、マーケティング的には「ターゲティング(標的設定)」の厳格化に他なりません。
全員を満足させようとするサービスは、誰をも満足させられない(One size fits no one)という原則に立ち返るべきです。
1つのマナー違反(割れた窓)を放置すると、空間全体の規範が緩み、さらなる質の低下を招きます。
高級空間において、大声で話す客や不適切な服装の客を「お客様だから」と黙認することは、その空間の死を意味します。
毅然とした態度で規律を守ることこそが、経営者の責務です。
まとめ:
ホスピタリティは「共同作品」である
これからの時代、高級サービス業に求められるのは、ただ媚びへつらうことではありません。
自らのブランド価値と文化を定義し、それに共鳴できる顧客と共に、価値を創り上げていくという強い意志です。
執事もまた、主人と共に家の格を作り上げるパートナーです。
「お金を払う側」と「もらう側」という対立構造を超え、「共に良い時間を過ごす側」という共創関係を築くこと。
それが、ホスピタリティの未来形であり、本質なのです。
監修・執筆:一般社団法人 日本執事協会
監修・執筆:一般社団法人 日本執事協会


